信仰登山者の為の宿場町 赤沢宿
早朝に赤沢宿から信者たちは登山に出発します。
- 交 通 JR・身延線 身延下車、バス七面山登山口下車 徒歩20分
所在地 山梨県南巨摩郡早川村赤沢
まちの生い立ちと特徴
- 赤沢は、7月下旬、白装束で身を浄めた多くの参拝者で活気づき、山々に合唱がこだまし、神秘的な別世界が出現します。
この宿は、法華経の聖地、久遠寺,奥の院思親閣から七面山本社への参拝ルート(身延住還)の中継基地として、標高500mの南斜面に存在する信仰登山者の為の宿場町です。赤沢は、「講」と称する同志の集団を対称に経営されました。講は、信仰上の志を同じくする人(講員)が集まって作る任意の会で結成され、一緒に参拝したり、代参したりしました。講は、それぞれ目的地別に、善光寺講、伊勢講、富士講等がありました。江戸時代には、講が定宿として指定した指定旅館制度が普及しました。
参詣した講中が宿舎の印として残していく講中札のことを赤沢では、板マネギと呼んでいます。(下の写真)写真は板マネギ
大阪屋、江戸屋等では軒下にぎっしりと屋号、講名等を記入した同サイズの板が貼り付けられ、1つの建築意匠ともなっています。それは、欅板に朱印、文字は浮彫黒塗仕上げで統一されています。赤沢宿の特徴は、大きな開口部を有し、建物と自然が一体に融合した建築物である点です。身延住還(七面街道)に面して建つ講宿は道と通り土間、縁側が一体となって開放的で親密な空間をつくり出しています。それは、室内から外を見る時、まるで自分が外にいるような錯覚を与えます。しかも室内に廻した縁側では、外部から全く自由に、外壁部全てが出入口となって、自由に室内へ入る事が出来ます。参拝に向かう団体客が一斉に出入りすることをスムーズにする為の工夫でしょう。さらに、山道の旅は身支度に腰を落として、時間を要します。多くの人が室内で落ち着いて、旅支度をするのに、よく工夫されています。強風時や、冬のシーズンオフになると外側には建具がはめられ、建物は守られます。町や住まいは、地形と機能等の内部要因の必然性により、その命と形を与えられるものであります。写真の大阪屋、江戸屋等では現在も宿泊客を受け入れている(但し、大部屋です)。
朝霧の中で目覚めるのも新鮮な旅が味わえる神秘的な宿です。
参考文献:赤沢宿伝統的建造物群保存地区調査報告書 早川村教育委員会
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